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東北地方太平洋沖地震の報道と真実

3月20日
東北地方太平洋沖地震とは実際にどのようなものだったのだろうか?
被災地での被害報道では食料や薬、電池、衣類、ガソリン等は不足していて物資が地震の影響でなかなか届けられない、または援助要請が無いと言われています。
その現状を実際に行って、見て、体験し、真実を突きとめるため宮城県に行ってまいりました。

私はNPOの一人として東京大学庭師倶楽部の宮亮介さんと宮江介先生の助手をさせて頂き、3人で食料などの援助物資を持って行き、現地被害の写真撮影をしました。

宮城県に行くための順路は東京からPM6時に出発して国道4号線を北の方にひたすら真っすぐ行きました。宮城県内からは塩釜から石巻に行き、女川町まで行きました。
女川町からは国道4号線から国道45号線に移り、県道398号線を通って女川第二小学校まで行きました。
21日AM6時半頃に女川第二小学校に到着して持ってきた救援物資を届けました。

学校は避難所であり、特に医療品が不足していたので我々が物資を届けてくれたことを学校側は非常に喜んでくれました。
結果的に我々のような一般人でも宮城県に行けて、物資を届けることができたことが証明されました。

次→被災地の写真とその時刻
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